炭酸塩パラドックスとは?

カルシウムやマグネシウムを含む炭酸塩堆積物(石灰岩)は地球上に大量に存在し(4千万Gt)、地球における炭素の化学形態の半分以上を占めています。こうした石灰岩は、ほとんどが海洋の生物によって生成された『バイオミネラル』に由来します。バイオミネラルは、生体の維持や保護、ミネラルの貯蔵、重力の感知などに利用されており、バイオミネラルが作られるプロセスのことを『バイオミネラリゼーション』といいます。例えば軟体動物の貝殻やサンゴの骨格、ウニの外骨格や有孔虫(浮遊性または底生の単細胞性真核生物のなかま)の殻は、炭酸塩の一種である炭酸カルシウム(CaCO3)で構成されるバイオミネラルです。

近年、人間活動によって大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が上昇することで、地球温暖化や海洋酸性化などの様々な環境変動を引き起こされています。このような状況で、様々なCO2固定化法が検討されています。多くのバイオミネラルは炭酸塩鉱物であり、CO2固定とも密接な関係があるように思えますが、バイオミネラリゼーションによるCO2固定プロセスは、これまでほとんど注目されてきませんでした。CO2が海水に溶けると水和してH2CO3となり、直ちに電離してH+とHCO3-となります。この反応において発生するプロトン(H+)の存在が、CO2が溶解するとpHが低下する、いわゆる『海洋酸性化』の原因です。HCO3-は、さらにH+とCO32-に電離するものもありますが、海水はpH 8程度なので、結果としてほとんどがHCO3-の形態で存在します。『非生物的な反応系』においては、海水中のカルシウムイオン(Ca2+)とHCO3-が反応することで炭酸カルシウム(CaCO3)と水(H2O)、二酸化炭素(CO2)が形成されるため、再びH+が放出されpHが低下します。このpH低下により、炭酸イオンの平衡がCO2の生成に傾き、結果として大気にCO2が放出されます。このことから、『バイオミネラリゼーションによるCaCO3生成反応はCO2固定技術には応用できない』と考えられてきたのです。
――しかし、本当にそうでしょうか?バイオミネラリゼーションプロセスがCO2放出の反応系であるならば、現在、地球表層の膨大な炭素がバイオミネラル由来の石灰岩として堆積しているという事実と矛盾します。我々は、この矛盾を『炭酸塩パラドックス』と位置づけます。

近年の研究によって、バイオミネラル形成時の生体内ではpHがむしろ上昇している例が報告されてきています。これは、CO2の放出によってpHが低下する無機的な反応系とは正反対の挙動です。さらに、バイオミネラル形成時の生体内では、特殊なバイオミネラルタンパク質がCa2+とCO32-が出会う反応を触媒して石灰化を促進していることが明らかとなってきました。こうした知見は、CO2電離の平衡論だけでは説明できない、生体内の速度論的制御機構の存在を示唆しています。
我々は、環境学・地質学・鉱物学・生物学などの知見を統合することで、バイオミネラリゼーションのプロセスにおいて、カルシウムと炭酸はどこからどのように輸送され、どのような有機基質の作用により炭酸カルシウムが沈着して、プロトンがどのように生体内で代謝されるのかを精緻に可視化し、『炭酸塩パラドックス』の解消に取り組みます!